010a 北壁棚 印画紙バットに入っていた写真薬品瓶など

暗室用の印画紙バットに様々な写真関連薬品の瓶が入っていました。この中の一つ、過マンガン酸カリウムは強い酸化剤で危険物ですが、写真初期から現在のフラッシュの用途として、閃光機にのせる閃光粉(マグネシウム粉末)の酸化剤として使われたものです。閃光機は職人技的にカメラのスローシャッターに合わせて手動で引き金を引いて発火同調させたそうです。カメラと電気コードでシンクロできるフラッシュバルブが普及した戦後でも、安価なために営業写真館などではしばらく並行して使われていたそうで、大辻清司も使っていたのかもしれません。








009b 北壁棚 レターケース・模型部品など

スチール製5段レターケースには、上の引き出しから順番に鉛筆手書きラベルとオレンジのエンボスラベルでそれぞれ「ビン」『ネジ』、「下回り」『シタマワリ』、「小物」『コモノ』、(手書きラベルなし)『ウワモノ』、(手書きラベルなし)『モーター』と記されています。一つ一つを開けてみると、中は細かく仕切られており、鉄道模型工作の小ネジ、様々な精密部品が分類されていました。その引出しの木製の仕切りも大辻清司の自作のようです。








009a 北壁棚 撮影用ランプ・ピース缶・ボルトの入ったビンなど

フィルム時代によく使われた写真用照明ランプは岩崎電気の製品名「アイランプ」が一般名称になるほど大きなシェアだったのですが、大辻清司は東芝製のランプに強いこだわりがあったようで、ここ以外で見つかったフラッシュバルブや小型写真電球、一般電球(002参照)などもすべて東芝製でした。小物を整理するためのピース缶、ボルト類の入ったガラス瓶の一群は部屋のあちこちで見つかっていますが、ここにもまとまってありました。








003d 西壁棚 II 小箱・小物・映写機・その他

作業机横の壁棚に収納されているモノです。上皿天秤が二つもあり、フィルム現像、プリントなどでの薬品調合に使っていたのでしょうか。8mm映写機もまた、エルモ社のSP-Aと瓜生精機のCinemax-8 Model2の2台がありました。その他、小西六写真工業のモノクロ印画紙「YOSINO」の箱、演劇の小道具のようなお面、穴あけパンチなどの文具、小型スピーカーなどです。








016b 東本棚 雑誌 II / East bookshelf : Magazine II

若き大辻清司が新しい写真表現と出会い学ぶことになった写真雑誌「フォトタイムス」「報道写真」「写真科学」などのグラビア、広告、記事ページです。欧米の写真動向を紹介する瀧口修造の記事や前衛的なフォトモンタージュ、洗練されたスナップを紹介していた「フォトタイムス」は太平洋戦争開戦後には「報道写真」となり、美術色がすっかり消えて科学技術力や国力を誇示する戦闘機や軍事工場などを紹介する雑誌となります。美術表現としての写真と、科学・工学的視点でモノや光景を見せる写真、そのどちらも十代の大辻清司の心を惹きつけ、強い影響を与えたことでしょう。








‎004 西壁棚 III シンナー・電気電子工作・暗室用品

壁棚に収められた木箱の中には、ラッカーやシンナーがまとめられていました。続いて、いくつかあったダンボール箱を開けると、自作鉄道模型のコントローラー、電子工作機器、スイッチング回路、大きめのモーターが入っていました。いろいろな目的に必要だったようで、電源用変圧器とAC/DCコンバーターは自作品も含めて複数あります。別のダンボールには暗室用品がまとめられており、恒温ヒーター、メスカップ、35mmフィルムクリップ、4X5シートフィルムの水洗用バスケットが入っていました。








003c 西壁棚 II 小物・その他

小さい文房具やバッジ、ジッポライターに混じって、羽子板やパイプなど今となっては珍しいものがありました。「長嶋」「中西」と名前が刻まれたものはベーゴマです。鋳鉄を型に流して作られたベーゴマには、人気プロ野球選手の名前が刻印されているのが一般的だったそうです。折り曲げられた筑波大学教授時代の名刺も出てきました。